早くも8回目を迎えた「大和の国中・奈良盆地一周ウオーク」は、王寺町からのどかな田園風景が広がる「斑鳩の里」を経て大和郡山市までの14kmを歩きました。
昨日から急に朝夕暑さも和らぎ、快晴に恵まれた今日を迎えましたが、日中はまだ暑くなるとの予報の中、JR・王寺駅前に145名の参加者を迎え、恒例の出発式を終え、9時50分元気にスタート。
王寺駅北側市街地を北に抜け、「大和川ふれあい広場」から「昭和橋」を渡り斑鳩町に入り、神南地区の大和川沿いを東に進み、住宅内の緩やかな上りの道を北へ進んで「三室山(標高82m)」の山頂近くに鎮座する「御岳(かみおか)神社」へ、列詰め及び水分補給休憩を取り、北斜面の急坂を下って、緑豊かな「竜田公園」内を進み、国道25号に架かる竜田大橋を東へ渡り龍田北地区の住宅が連坦する狭い道を、途中、地元で守られている路傍の、小さな数体の地蔵石仏を眺めながら、龍田地区に鎮座する「龍田神社」に到着。
聖徳太子が法隆寺の鎮守社として創建された神社で、参拝と暫しの休憩を済ませ、今も町家や商家が残る古い町並みが残る奈良街道を東へ進み、斑鳩町役場を経て「藤ノ木古墳」へ、この古墳は、直径約50m、高さ約9mの円墳で、ガラス窓越しに羨道を覗き込み石棺等を見学しながら休憩を取りました。
古墳を後にして、法隆寺の西側に位置する、土塀と重厚な民家の建物が続く「西里の町並み」を通過し、西大門から世界文化遺産の「法隆寺」境内に入り、重厚な中門及び五重塔等を望みながら、「大宝蔵殿」前付近の広場でトイレ休憩を済ませ、東大門から夢殿前を経て「法隆寺」を後にし、法隆寺東地区内にある「中宮寺跡(国史跡)」に11時40分過ぎ到着、ここで昼食休憩を摂りました。

「中宮寺」は聖徳太子の母「穴穂部間人皇后(あなほべのはしひとこうごう)」の住居(宮)を寺にしたと伝えられる尼寺で、現在の「中宮寺」は、ここから西へ約400mの法隆寺東院の北東にありますが、その場所は江戸時代の初め移ったところで、飛鳥時代の初めに建てられたのが、ここ「中宮寺跡」で、発掘調査で判明した、金堂と三重塔の基壇が、自然石の礎石で位置を表示し、「中宮寺跡史跡公園」として整備されています。
日影がほとんど無い公園で昼食を済ませ、12時20分午後のスタート、太陽が照り付ける暑さの中にも、吹き付ける爽やかな風を頬に受けながら、稲穂が実る田圃が大きく広がるのどかな田園風景を眺めながら、斑鳩の北の端に位置する「三井(みい)の里」にある「法輪寺」へ、この寺は「聖徳太子」の子で「山背大兄王(やましろのおおえのおう)」が創建とも伝えられ、飛鳥時代の仏像と、昭和53年再建の飛鳥様式の三重塔で知られていて、ここで暫しの休憩を済ませ、町道に併設された自転車道を東へ進み、遠く大和青垣の山々を眺望しながら、斑鳩町の東北に位置する、岡本地区の田畑に囲まれた「法起寺」へ、この寺の「三重塔(高さ約24m)」は国宝で、現存する三重塔の中ではわが国最古のもので、その三重塔を眺めながら「法起寺」南大門から、早咲きのコスモスの周辺を廻り進み、県道9号の自転車道を東へ長蛇の列は淡々と進み、やがて「斑鳩の里」を後にして大和郡山市小泉地区に入り、「慈光院」門前から富雄川左岸沿いの自転車道に入った木陰で、暑さを凌ぎながら列詰めと水分補給休憩を済ませ、更に自転車道を北へ進んで富雄川を渡り、満願寺町地区に入り大型店舗前から東へ進んで、箕山町の住宅街に囲まれてひっそりと佇む豊臣秀長の墓所「大納言塚」を経て「郡山城跡公園」へ進み、「郡山城天守台」に上り、東方面の遠く竜王山等々の大和青垣の山々の眺望を楽しみ、城跡を後にして「三の丸緑地」に14時40分過ぎ、参加者の皆様は元気にゴールしました。