今回の例会は、郡山市旧城下町一帯に於いて、市商工会が中心となって2012年から始まった「大和な雛祭り」が2月23日から3月3日迄開催されていて、地元商店舗や町家及び寺社など129ヶ所の会場に、江戸時代の雛人形や現在の手作り雛など大小様々な「雛飾り」が展示されていて、その一部の展示会場を巡りました。
JR・郡山駅東側広場に参加者206名を迎え、曇り空の中9時50分頃スタートして間もなく市街地を過ぎ田園風景が大きく広がる中の一般道の歩道を約1q南へ進み、南北に並行して流れる佐保川と地蔵院川に架かる稗田橋と大師橋を渡り、稗田(ひえだ)地区に進んで、集落の周囲に濠を巡らせた「稗田環濠集落」に入り、その集落の南東部の小さな森に囲まれて鎮座する「売太(めた)神社」へ、主祭神は「稗田阿礼(ひえだのあれ)」で、「古事記」編纂者の一人として知られ、天武天皇の舎人(とねり)として仕えており、記憶力の良さを見込まれて、命により「帝紀(ていき):歴代の天皇あるいは皇室の系譜類」・「旧辞(きゅうじ):日本の歴史書の一つ」を暗唱したことが有名で、これを基に「太安万侶(おおのやすまろ)」が「稗田阿礼」の誦するところを筆録して「古事記」を編纂したとの事です。
スタッフによる「環濠集落」や「稗田阿礼」について詳しい解説に興味深く聞き、神社及び環濠集落を後にして、先に渡った橋から田園内の狭い道を西方面へ進み、この辺りから日が射し始め、壁に金魚や多種類の魚が描かれたJR関西本線の地下道をくぐると、景色が一変し大小の金魚の養殖池が目前に広がり、その養殖池の間の狭い道をさらに西へ歩みを進むと、養殖池の傍に小さな祠が、それは聖徳太子の愛犬、雪丸の墓(犬塚)で、コンクリート造りの狭い池の区画の上を恐る恐る進んで興味深く覗きに行く参加者も見受けられました。
長く離れ離れになった列は、近鉄橿原線の踏切を西に越えて養殖池の中に建つ「泳ぐ図鑑」金魚だらけの「金魚資料館」に到着。
この資料館は、金魚の養殖を運営する「やまと錦魚園」が無料で開放する施設で、金魚に関する資料展示室と、館内の高級品種の金魚たちの水槽や、資料館周囲の養殖池等々を見て回りました。
資料館から養殖池地域を後にして、市街地に入り東へ近鉄橿原線を渡り市内中心部へ進み、南北に長い「柳町商店街」へ、ここからいよいよ「雛人形」の見物が始まります。
最初は商店街の南端西側に鎮座する「郡山八幡神社」へ、見頃の紅白の梅をめでながら、この神社のお雛様は「各家庭で眠っていた人形たちが、供養・お祓いを受けて再び皆様へ」という事で、数多くの雛人形が集められて飾られていました。
神社を後にして、長い行列は「柳町商店街」沿道の商店舗の店頭等々に展示されている大小数々の「雛人形」を思い思いに見物しながら大和郡山市役所前を西へ進んで、再び近鉄の踏切を渡り郡山城址に入り、鴨が多く生息する鷺池から城址西公園を経て、本丸天守台跡の東側に位置する「大和郡山市民会館(城址会館)」前広場に、先頭は12時10分過ぎ、十数分遅れでアンカーが到着、広場には見頃の美しく咲く数多くの紅梅・白梅を眺めながら、暖かい陽射しを受けながら昼食休憩を摂りました。
午後は13時に広場をスタート、追手門(梅林門)から郡山城跡を後にして、再び市街地に入り「やまと郡山城ホール」内の2列に飾られた7段飾りのお雛様を見て、ホールを後にして「郡山市商工会館・まいどほーる」に進み、ここには、金色に輝く金魚のモニュメントの「幸福の金魚」や雛飾りを見て、市道・欄町線を南へ進み道路の中央に「紺屋川」が流れる紺屋町通りに入り、メイン会場の一つとなっている、江戸時代から続いた藍染め商の町家を再生した「箱本(はこもと)館紺屋」へ、ここには7段飾りの「お雛様」を囲むように「吊るし雛」が数多く所狭しに飾られて、人形や犬・桃・猿・花・うさぎ等々の数多くの飾りに目を見張りながら、暫し鑑賞して「箱本館」を後にして、南へ進み洞泉寺町地区に鎮座する「義経千本桜」に登場する「源九郎狐」ゆかりの「源九郎稲荷神社」に、早い時間でしたが先頭は13時30分頃にアンカーは十数分遅れで到着、ここから、参加者の皆様には、自由に「雛めぐり」をしていただく事でゴールして解散しました。
解散後、この近くのメインの展示会場となっている「町家物語館:旧川本家住宅(木造3階造り)が生まれ変わった館」に向かわれた方が多見受けられました。
この館内には2階から3階に上る階段に飾られているに見事な「大階段雛」や各小部屋の「雛人形」等々が飾られていました。
今日の「雛めぐり」数々のお雛様や珍しいお雛様等々を楽しまれたと思います、ありがとう御座いました。