今回の下見は今年からスタートする「大和の国中(くんなか)奈良盆地一周ウォーク」の第一回目のコースで「山の辺の道・奈良道」、通称「北山の辺の道」と呼ばれている所を中心に歩きます。去年まで過去3年間実施してきました「うるはしの大和路一周ウォーク」でも歩いていただいたコースなので皆様もよくご存じのことと思いますが、一部分コースを変更して歩きますのでご期待ください。今回の見所については今まで紹介していない2つのポイントのみ、お知らせします。

■南円堂(重文)に注連縄が掛けられている理由
平安時代の813年に藤原北家の藤原冬嗣によって建立。西国三十三ヶ所観音霊場の第9番目の札所で興福寺の中では少し異質な庶民信仰の雰囲気を感じさせる八角円堂です。江戸時代の1717年の大火で焼失、現在の建物は1797年に再建されて約220年が経過しています。本尊の不空羂索観音菩薩坐像(康慶作)は藤原北家が代々、崇敬しており、氏神である春日大社の第一神・武甕槌命は、この不空羂索観音が姿を変えて現れているという考え(本地垂迹説)に基づく神仏習合の事例で、正面の扉の上部には寺院なのに「注連縄」が掛けられています。一般的に春日大社の武甕槌命は釈迦如来が姿を変えて現れていると伝わりますが、藤原北家などは不空羂索観音が姿を変えて現れていると信仰されているため、この第一神のみ両者を併記して紹介されている場合があります。
もし時間的に余裕がありましたら「注連縄」にも注目してみてください。

■「鹿野園(ろくやおん)」と「北大和五山」
白毫寺の裏の東海自然歩道を南に進むと工事中の箇所があります。ここを抜けて八坂神社をめざしますが、この八坂神社がある付近一帯は鹿野園町と呼ばれています。地元の方々たちは「ろっきゃお」と呼んでおられます。
特徴的な「鹿野園」の由来は、古代のインドで釈迦が悟りを開き、初めて説法(転法輪)を行った場所で、漢訳すると「鹿野苑」といい、多くの鹿が放し飼いにされている園林という意味があります。現在のサールナート(鹿の王という意味)にあたり、仏教四大聖地の一つとして尊ばれています。また、大仏開眼で著名なインド僧の菩提僊那がこの地を訪れて、地形がインドのサールナート(鹿野苑)によく似ているところから「鹿野園」と名付けたと伝わります。万葉集にも詠われているように奈良時代から鹿がいましたので、サールナートに似ていると思われたようです。また、奈良市には鹿野園(梵福寺)のほか、忍辱山(円成寺)、大慈仙(薬師寺)、誓多林(万福寺)、菩提山(正暦寺)のインドの聖地に由来する地名が残っています。現在は円成寺と正暦寺以外の寺院は廃絶になり地名のみ残っていますが、この五つ地域の寺院を総称して「北大和五山」と呼んでいました。